2/10 雑記も雑記

・「そして誰もおらんくなった」の破壊力。

・やむを得ずとかうっかりできまりを守れないときがたま~にあって、それを見張られているかのようにことごとく見つかって怒られたり罰則を課せられたりする運の悪い人もいれば、頻繁にそして大胆にきまりをやぶってもバレずに生きてきた運の良い人もいるけど、もしかして人生単位で見たら運が悪い方が運が良い可能性もあるよねって話。

マツダちゃんとシロノワールした帰りの電車で、缶ビールを飲んでいる女性とスタバのコーヒーを飲んでいる女性が隣どうしに座っているのを見て「人生」という文字が浮かぶ。

2/8 雑記も雑記

・東京は情報が多すぎて知らなくていいことも知ってしまう怖いところ(何でもあるということは楽しいだけではないことを知る)。

・月を跨ぐ撮影がある関係で髪型をキープしなければならなかったが、強めの衝動により大幅な変更を敢行。大気に入り。

・一昨日くらいに処方された漢方薬が非常に不味く、でもどこか覚えのある味だなと思っていたら普通にセロリだった。会う人会う人に「食前に飲むんだけど、不味すぎて著しく食欲が減退するのが食べ過ぎ防止になって逆に良い」などと話していましたが、セロリに失礼なことをしていたようです。

2/7

あまりに久しぶりの更新です。

最後の日記から、気付けば1年弱が経っていました。。

最近、何があったというわけではないのですが、TwitterInstagramというものに疲れ果て衝動的にアプリを削除したため、日々の雑感を書き留めておく場所に困り、ああそういえばブログ!となったのでした。

TwitterのDMなどでしか連絡がとれない人もいる関係でアカウントの削除にまでは踏み切れなかったのですが、未だ悩み中ではあります。

 

ブログを放置していた1年弱の間に色々な、それはもう本当に色々なことがありました。

今さらだらだら書くことでもないのであれこれ割愛しますが、人生で初めてくらいの悲しい思いをし、1週間足らずで立ち直り、人生で4回目の引っ越しをし、人生で2回目の一人暮らしを開始。

そしてそれから約半年経った現在、東京から、地元の岡崎に戻る計画をしています。

東京はすごく好きだし離れがたくはあるのですが、この3月で1年間通った学校も卒業になるにあたり今後何をしたいかと考えたときに、愛知に戻った方が活動がしやすいということでこの決断に至りました。

東京で暮らし始めて3月でちょうど2年、友達こそあまりできなかったものの本当に色々な人と出会い、ものの考え方や見方、自分を取り巻く状況も随分変わったように思います。本当に東京に来てよかったです。

 

…というような思い出話はまた4月に、ということにして、とにかく、お察しの通り、引っ越し貧乏です。

その時々のやりたいことによってフレキシブルに住む場所や環境を変えられるのは自分の唯一の強みだと思っていますが、なんてったってお金がついてきていない。

今年の課題はそこです。面白いと思うことは人目気にせず何でもやる。そして何としてでもそれをお金にする。その意識だけです。

これは東京で得た教訓でもあります。

かっこつけてる場合じゃないのです。

がんばれ!

5/30

またまた久しぶりになりますが、刺激を受けたことがあったので少し。

今日は授業後にインディーズ中心に素晴らしい映画を撮っている内田英治監督の特別講義があり、ありがたいことに仲良くさせてもらっている他学部の先生からアナウンスをいただけたので受けてまいりました。

百円の恋や私たちのハァハァ然り、インディーズの映画は名古屋に住んでいた頃シネマスコーレという劇場にたまに観に行ってはいたがそれほど詳しいわけでもなく、映画について語ることはとてもできないのですが、予習的に観た「下衆の愛」が非常に面白く、こういう役者の方の覚悟が伝わるような映画はとても好きだなと。

講義では内田監督がどのようにここまでやってきたのかということを順にお話しされていて、ジャンルは違えど同じクリエイターとして興味深いことばかり。

中でも一番心に残ったのは、映画製作を本格的に始める前に某週刊誌のライターをやっていた時期があり、仕事をしつつもずっと映画を作りたいという気持ちがあったため取材などで会う人全員に「僕本当は映画を撮りたいんです」と言っていたという話。そして結果的にそこから映画の仕事につながったと。

予てから自分の目標は口に出さないといけないよと色々な人から散々言われていたけれども、本当にそうなんだなと思い知らされました。私は自尊心の低さからこんなこと自分が言ったら恥ずかしいかな、と口を塞いでしまうことが多いので。

映画音楽のこととか聞きたいことはたくさんあったのに、質問タイムではなかなか手が挙げられず、またもや後悔。

7月の中旬に新作の公開があり毎日劇場にいらっしゃるらしいので、観に行ってその時こそはと気合いを入れ直しました。

4/8

昨日は学費のために始めたクレジットカードのPRバイトの初日で、はるばる埼玉県の入間まで行っていた。派遣なので勤務地が一定ではなく、新人を受け入れてくれるところがそこしかなかったそうだ。昨日今日の2日間だけという約束で、仕方なく片道2時間近くかけて行くことに。賄いのないバイトが久しぶりだったため初めは弁当が作れることを楽しみに思っていたが、前日に仕事への不安からなかなか寝付けず、通勤時間も長く到着したころにはもう疲れ切っていた。

集合場所に行ってみると、思った以上にスタッフがたくさん。しかもほとんどが私のような各地の現場へ行く派遣ではなく毎回ここに来ている人たちらしく、既にかなり仲が良い様子。小ぢんまりとした現場を想像していたため、その状況にとにかくショックを受け、早くも心が折れてしまった。控室に入ると「○○カード10日連続獲得○○さん」などと名前が並べられているのを見つけ、さらに気持ちが重くなる。

仕事自体は個人情報を扱う割と責任があるものにも関わらず細かくは教えてもらえず、とにかくできる人のを見て覚えてくれとのこと。これはカードPRの仕事でなくても派遣ではよくあることなのでまたかと思う。飲み込みの早さにある程度の自信はあるものの、いきなり受付に立たされ不安MAXに。結局すぐ慣れて有料の特典付きカードを初日で2枚取る。ヘルプもなく後ろからずっと見られていることがかなりストレスだった。

平日で基本的には暇だったため他のスタッフ同士の談笑が目に付く。昔から集団の場が本当に苦手で、自分から積極的に参加することができない。今回に至っては既にコミュニティが出来上がっていて、自分が入る余地もないように感じてしまう。皆良い人たちなので実はそんなこともないのだろうが、私自身にはとても辛く終わる頃にはぐったり。

また2時間かけて帰宅、明日も仕事かと重い気持ちになり何もやる気が出ない。ふとこの感じは銀行に勤めていたとき以来だ、と思う。そのときはこれは当たり前にみんな感じていることでもう少しすれば慣れると言い聞かせて働き続けていたが、結局病院に通うようになり退職した。

とはいえもう明日の明日ではシフトも出ているし、初めの登録会のときに当日欠勤はなるべくなしでお願いしますと念を押されている。諦めて布団に入るも、同居人が帰ってきて声をかけてくれるといつの間にかぼろぼろ泣いていた。普段少し体調が悪くても簡単には仕事を休んだりしないが、今回は直感でもうダメだと思い、担当の方にメールをして休ませてもらうことに。

休みになっても気分は晴れず、一日中布団で横になっていた。

3/31

今日はカレー屋で通しの仕事。

店長と仲の良い某写真家の方が取材で昨日来ていたらしく、シフトが昨日だったら会えていたのにな、と思っていたらなんとプリンを食べに今日もお店に来るとのこと。前にも何度か来てくれたことはあるのだが、いつも話しかけられず終いだったので今日こそはと意気込む。ランチ閉店間際に来店、話しかけるタイミングを見計らうも洗い物などもあり後回し後回しに。まかないのカレーを食べながら店長との会話を黙って遠くから聞く。なかなか会話が途切れない。そしてそのままの流れで帰っていってしまい、結局今回も話しかけられず。また話しかけられなかった、と店長に言うと「昨日○○ちゃんはサインもらってたよ」と。

こんなことがこう何度もあるとさすがに自分の不甲斐なさに落ち込み、同居人にその旨をLINE。「自分が店員でもその状況では話しかけられないよ」と返ってきたので、「でも○○さんはサインもらったらしい」と送る。人と比べる悪い癖が出ている。すると、「そこで話しかけられないような人の方が好きだけど」と返信。その言葉でハッとして、ああそうだった、と思う。

私がこういう状況のときなかなか意中の人に話しかけられないのは人見知りということもあるが、一番には羞恥がある。ある程度有名な人に対してあなたのことが好きだ、あるいはとても気になっていると恥ずかしげもなく直接伝えられてしまう人に対して辟易する気持ち。

その根底には、まだ何者でもない自分への恐怖感がある。何者でもない自分に話しかけられたところで相手は相槌を打つことくらいしかできないだろうし、困ってしまうだろう。そんな状態の相手と話を膨らませることができるほど自分はコミュニケーションが上手な人間ではない。話しかけることができる人はそもそもコミュニケーション能力が一定以上ある人なのだろうが、何者でもないのによくもそんなにガツガツいけるな、といつも意地悪く思ってしまう。客観的に見て自分がそういう人になりたくないがためにいつも直前で踏みとどまってしまい、声をかけられず後悔する。その繰り返しだ。

それがどんなに意味がないことかわかってはいるが、未だに着地点は見つけられず。どう思われてもいいから積極的に話しかけていきたいとも思えないし、別に無理をすることはないだろうと割り切ることもできない。

3/22 夢

体育の授業に遅れて行って、先生に怒られる。校庭一周を命じられるが、真面目に返事をして走るのは恥ずかしいので「よ~し、行こうぜ~!」と言ってへらへら走る。

走り終わると他の走り終わった人たちが集まっていて、その中に松本人志がいる。松本人志に「あんたねぇ、怖いのよねぇ。テレビで見ててもいつもそうよぉ。」となぜかおネエ口調で話しかける。松本人志は笑っていた。

全員走り終えて先生が話し始めると頭上にひもで吊るされた巨大なかき氷器が現れ、氷を削り始める。先生の話の途中にも関わらず私が「あ~見てすご~い」と言うと、先生は得意気に「あれな、すごいだろ。1億円で買ったんだ」と言う。かき氷器が氷を削り終えると、先生が「よし、降ろしてみよう」と言ってコントローラーのようなものを生徒の一人に渡す。その子がボタンを押すとかき氷器はするすると降りてきて、その勢いのまま地面に激突した。ものすごい地鳴りがして、破片が飛び散る。そして驚く間もなく、かき氷器は遊園地にある「バイキング」のようにぶんぶんと往復運動し始めた。ひとつまたひとつと部品が取れていくのがスローモーションのようにゆっくりと見え、最後にはひもが切れて地面に叩きつけられてしまった。かき氷器についていた電球のようなものが一番最後に地面に落ちたが、その電球だけはなぜか壊れず、少しホッとした。とはいえ1億円の巨大なかき氷器は修復不可能なくらいに粉々になってしまい、先生がどんな顔をしているのか見ることができなかった。

 

あまりに不思議な夢だったので、次の日にバイト先の店長に話してみる。どうやらお金のことが関係していそうだとなったとき、ハッとした。夢を見た日の日中、4月から通う学校の入学金やら授業料やらをとりあえず一括で支払うため、父親から自分の口座宛てにそこそこ大きなお金を振り込んでもらっていたのだ。それをそのまま学校の口座宛てに振り込もうとしたとき、本当にこれでもう後戻りできなくなってしまうという気持ちでいっぱいになり、ひとまずその日は振込を見送った。

そんなことを考えながら寝たから、「父親が株を売って用意してくれた大金」が「先生が大金をはたいて用意したかき氷器」となって夢に出てきたのだろうか。巨大なかき氷器って何だ?

こんな大金を払って結局何もためにならなかったらどうしようかと不安に思っているということを店長に話すと、「そんなの自分次第でしょ」と言われる。全くその通りすぎて何も言えない。